公開ブログ(2025/8/31更新)

K570 奏上文の気づき⑤ 祈りの質的点検

K570 奏上文の気づき⑤ 祈りの質的点検

- m ueda の投稿
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実は、1997年ぐらいだったかに主から
「弟子の祈りは私に届いていない」というコメントがあったとか。
当時の支部長からの又聞きなので真偽のほどは不明だが、
「主=本仏=エル・カンターレ」ではなく「主=仏=釈尊」になっているらしい。

弓を射ることにたとえれば、「的の中心」なのか「的のあたり」なのか。
この違いで的中率は変わってくる。
ところが霊的にチェックすることに慣れていないと分からない。

「自分は主という言葉にどのような意味を込めているか」の点検も必要だ。
だから映画で「須弥山のエル・カンターレ」=「地球神」が描かれた意味は大きい。
「主=エル・カンターレ=地球神=大川隆法総裁先生」をイメージしやすくなったから。

ただ、「分かっているか」の次には「できているか」の点検も必要。
祈りの質に関しては、光が増幅したかを自分の胸で点検できるのだが、
最近、これに関してイマイチな私にとっては「胸の痛い話」ではある・・・