このテーマについては、「悟りの時代」にバッチリ説かれている。
前座の仏法劇で時代性を伝え、主の御説法でつかむべき悟りの内容を説かれている。
(「前座」とは主の御説法の前座という意味で、揶揄する意図ではありません)
いま振り返れば、実に見事な構成になっていたと思います。
御説法の冒頭では
悟りに入るために、あなたがたが、まず最初に心得ておくべきことは、
「貪・瞋・痴・慢・疑・悪見」という六大煩悩から解脱することである
(『大川隆法東京ドーム講演集P.90)
そして、
目に見えぬ世界をわがものと感得することこそ、第一段階の悟りである(同書P.97)
六大煩悩から脱却しようと発心することが悟りの入るための最初の心得。
「どうせ自分なんて」というのは「神の子」を貶める思い。「仏に逆らう」こと。
至らない自分に気づき、「あの世を体感」する第一段階の悟りに向けて二河白道を進む。
これが悟りに目覚める、すなわち「覚悟」。
そう、1992年末に説かれた「悟りの時代」とは、「弟子たちの覚悟を問う時代の幕開け」。
それを今さらながら気づいた(泣)