公開ブログ(2024/5/16更新)

K308 平凡性の自覚

K308 平凡性の自覚

- m ueda の投稿
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経典『私の人生論』のサブタイトル、「平凡からの出発」の精神。
この経典の第2章が「平凡からの出発」です。
1988年に発刊されたものは「若き日のエル・カンターレ』として改訂版となり、
「平凡からの出発」というタイトルは消えました。
そこで、改めて同名の説法をした理由が冒頭で説かれています。

歳も、経験も、教団もだいぶ変わっていますので、同じではないけれども、
今、32年後の「平凡からの出発」として話すとしたら、どんなことをいうかという観点から、ももう一回話してみようと思います。

ということで、この「平凡からの出発」という言葉は、「絶やすべきでないないもの」という主の御意思に感じました。
私なりの解釈ですが、この言葉が「修行者としての原点」なんじゃないかと。

初期のころほど、「心の教え」を説いているのですが、それ以降のものになると、
心の教えの部分を当然のこととして踏まえた上で話をしていますので、
「心の教え」のところが“蒸発”して、勉強できていないのです。
『私の人生論』p.108

「心の教え」について、若手は読んでいないかもしれないし、ベテランは忘れてしまっているかもしれないし、
「平凡正の自覚」ができないこと自体がすでに慢心しているということ。
いずれにせよ、この世紀末、修行者の忘れてはならない心得として、「平凡からの出発」の精神を失っていないかを再点検したいと思いました。