昔から「どうしたら信仰心が強くなるのか」と考えている。
奏上文を読んでいたとき、その回答があった気がした。
「主の愛に気がついたとき、私たちもまた主を愛さずにはいられません」
要は「主に愛されている実感が主を愛するエネルギー」ということ。
でも、肉体人間として心よりも頭に意識が行きやすい娑婆生活。
「復活の祈り」が「霊的人生観」を取り戻すトレーニングにもなっている。
「時間になったからお祈りをしなきゃ」と思っているうちは「義務感」。
「感謝からの祈り」ではない。
祈りの前に自分の心境を点検し、あわてて修正することも多い。
祈っているうちに心境が上がってくるように感じるときもあるし、
祈っているのに眠くなるときさえある。
この心境の平均値が自分の還る世界を示しているのだろう。
『メシアの法』P.216にある「障害物競争」という言葉を痛感している。