この「反省のの前半・後半」を過去の転生との関係から考えてみた。
たぶん今までの転生では、「私が悪うございました、ごめんなさい」
要は、「過ちを認めて許しを請う」というパターン。
キリスト教の「懺悔」もこれ。
要は、反省の前半で終わっている。
「これが原因だったのか」とか「ここは直さなくちゃ」
要は、不具合個所の発見や不具合原因の発見で終わらせていないだろうか。
改善するための対策を立てるところまでは至っていないことが多いように思う。
正信が他力信仰のままだと「改善は神様の仕事」になってしまいやすい。
一方、天狗は「改善は下々の仕事」で「下々に命令するのが自分の仕事」と思っている。
個人であれ組織であれ、発展していないなら「反省に問題はないか」という点検が必要だ。