知識はあるが実践していない
その状態で人にアドバイスすると「にわか知天狗」が誕生。
こちらは良かれと思ってアドバイスをするが、
受け手の印象は「やってもいないのに偉そうに」と思っている。
「知天狗認定」をされていることには気づきにくい理由は、
「仏法真理は正しい」という自信。
ところが相手は正しさは分かるが、それを言うあなたはどうなんだと。
要は、「あなたは普段からそれを言うほどの人物なのか」を問うている。
これを「有資格者」をもじって「言う資格者」と私は呼んでいる。
どこかの御説法に「伝道するにも資格が要るんです」とあったのはこのこと。
ようやく最近これに気づけた。
「なんだ、自分もこれじゃないか」と。
年齢が上がるにつれて口数が少なくなるのもこれかもしれない。
本物の知天狗になる前の「にわか知天狗」のうちに気づけて良かった(汗)